分業とDXで進化する士業事務所の在り方
多くの会計事務所では、記帳から決算申告までを一人の担当者が手がける属人的な業務処理が行われていますが、この体制には改善の余地があります。記帳代行と決算・税務申告を分業し、プリペアラー(準備者)とレファレンサー(業務チェック者)に分けることで、効率と信頼性の向上が期待できるでしょう。本稿では、分業のメリットや海外の例、日本における業務の属人化の問題点について考察します。
記帳代行と決算申告の現状と課題
従来の会計事務所では、会計士やその職員が記帳代行を行い、同じ担当者が決算申告も手がけることが一般的です。この一貫した属人的処理には一見効率的な側面もあるように見えますが、長期的な観点からはリスクが大きく、問題点も多々あります。
担当者が記帳から決算申告に至るまでの全工程を担うため、その人の主観が影響する可能性が高く、作業内容が属人化しやすくなります。人間は自分や仕事を否定的に見ることができません。後でチェックしたとしても、前提で正しいものとして、その眼差しで見ているのです。また、担当者が退職や異動した場合、業務の引き継ぎが円滑に進まず、トラブルが発生する恐れもあります。特に、属人的な手法が混じることで、後からチェックを行っても見逃しが発生しやすいことが指摘されています。
このような背景から、記帳代行の担当者と決算・税務申告のチェックを行う担当者の役割を分離する「分業化」が必要です。
しかし会計事務所には、以下のようなことを言う人がいます。
「結局、領収書1枚1枚を自分で見て入力した方が、決算のときに全体がよくわかるから、ミスが少なくて、決算作業もスピードに終わるから私がやった方が安全です。だれかにやらせると、後から修正する手間が多くて、結局自分でやった方が早いんです。後で税務調査かなにかでトラブルが起これば、お客様から怒られるのは私です。だから私は、領収書1枚1枚から自分の手で入力することを会計事務所の本分としております」
社会保険労務士でも、まったく同じことを言います。
「こちらの複雑な例外の多い給与体系は私しかわかりません。だれかに任せてミスでも起これば修正作業するのは私です。だったら私が残業してもすべてやってしまった方が、完璧で安全です。ミスが起これば謝るのは担当の私です。ですから、私は残業しても、私がすべて目を通したいです」
このような考え方が、士業業界の業務改善・体質改善が進まない根本的な原因だと思います。
「プリペアラー」と「レファレンサー」の分業
私が仕事をしていた外資の会計事務所では、プリペアラーとレファレンサーが明確に分業されています。作業を準備するプリペアラーと、それを第三者の目でチェックするレファレンサーが協働する体制は、業務の正確性やリスク管理を徹底するための重要な手段とされています。
アメリカでは、多様な人種や文化が混在する背景や訴訟大国であるという背景から、人はミスをするもの、人は過ちを犯しやすいものという前提で物事をみます。つまり、「性悪説」に基づいたリスク回避が企業運営の基本となっているのです。作業手順や顧客とのやり取り、承認手続きが細かくワークファイルに記録され、言った・言わないのトラブルが発生しないように工夫がされています。
一方、日本では属人的な職人技を良しとし、業務の一貫性や責任感を評価する風土が根付いています。「性善説」という立場の考え方です。もちろん悪いことではありません。しかし、属人的なやり方は誤りがあった場合に大きなリスクにつながりかねません。アメリカにおける分業体制のメリットを取り入れることは、日本の会計事務所にも有益であると言えるでしょう。
TKCの事例にみる分業化の実践と利点
日本の中でも、記帳代行と決算・申告業務の分業化に積極的に取り組む会計事務所も増えています。たとえば、TKCの一部会計事務所では「記帳代行はお客様が行うもの」と位置付け、会計事務所はその支援とチェック業務に専念するスタイルが定着しています。
TKCが掲げる「記帳代行は提供しない」という方針は、会計業務の透明性を高めるだけでなく、属人性を排除し、組織としての一貫性を保つことにも貢献しているでしょう。お客様が自らの記帳業務を担うことで、会計事務所は純粋にチェックや経営上の監査を行い、リスク管理が一層強化されます。
記帳代行を担うことで顧問料を得ることが一般的な業界の中で、分業化を推進する姿勢は非常に革新的であり、記帳代行の役割をBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)と明確に分けることで、デジタル時代に適した柔軟な業務構造を実現しています。
BPOの役割はお客様のサポート
会計事務所が、もしもBPO を安易に導入しようとすると、「会計事務所業務の補助」として利用するということが一般的です。この概念が、すべて問題なのです。
BPO担当者の役割は、「会計事務所業務の補助」ではありません。「お客様のサポート」がBPO担当者の役割です。BPOを会計事務所業務の補助と考えるから、会計事務所の担当者は、BPO 担当者のことを「会計事務所の職員としては、役に立たない」と切って捨てるのです。
BPO担当者は、お客様の仕事のサポートをしているのであって、会計事務所の仕事のサポートをしてるのではありません。お客様側の記帳代行を手伝っているのです。この考え方を理解できないと、BPOを導入したところでうまく機能しません。
BPO・DX推進は士業事務所職員のためでもある
今でも目一杯残業してがんばって対応しているのに、常に現場の人手が足らない。属人的な対応ではいずれ限界が見えていますし、今でもがんばっているのに、年齢とともに処理能力や正確性などが失われていく。これらを、そのまま受け入れていくのでしょうか?
今まで人がやっていた多くのことは、システムやAIが成り変わってやるような時代がすぐ目の前に迫っています。人間は、人間にしかできない「人と向き合う業務」に集中し、システムに処理の正確性を依存し、そのシステムの初期入力や維持管理を分業させるようにしていかないと、士業事務所職員の給料も上がりません。いや、むしろ下がるかもしれません。
いや、このままなら給与は下がるでしょう。そんな職場には、優秀な人も就職してくれません。生産性が低いからです。未来の発展性がないからです。だからこそ、現状から早く脱出しなければいけないのです。システムやAIに、私たちのそのような士業の仕事は早晩取り上げられます。備えなければいけないのです。
「パラレル・パラダイム」の必要性
このように、人材不足が進む士業業界において、従来の属人的な処理に依存するやり方は限界を迎えつつあります。AIやシステムがルーチン業務を担う時代が目前に迫る中、士業事務所には、デジタル技術を活用して生産性を向上させる「パラレル・パラダイム」が必要です。
たとえば、毎月の記帳代行や給与計算は在宅ワーカーやBPOに依頼し、会計事務所や社会保険労務士事務所の専門家は、もっと本質的な経営支援に集中する体制が求められます。これは、作業の正確性が担保されるだけでなく、職員のスキルが高度な分野に活かされることで、業界全体の生産性向上にも寄与します。
「自分で記帳業務を行った方が決算時に全体を把握しやすい」という属人的な思考も、システム化やAIの導入によってサポートされるべきでしょう。監査法人のように、システム全体の流れを監視する方法を取り入れ、サンプリング調査やシステム監査によって精度を高めることが求められているのです。
人間が本来注力すべきは、人間しか対応できない業務です。士業事務所は、属人性を排除し、システムと人の役割を分業する新しい時代の士業のあり方を模索し続けるべきです。今のうちに変革に着手することが、将来の成長と発展につながると言えるでしょう。
BPOやDX推進についてお悩みのある方は、ぜひ一度お問い合わせください。
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